イメルダ

1938年、イメルダが8歳のとき母が他界する。彼女は家族と共にマニラからレイテ島に移り住む。1952年、イメルダは親戚に連れられマニラに移る。1954年、イメルダは下院議員のマルコスと出会い、11日後、結婚する。1965年、マルコスが大統領になると、ファーストレディのイメルダは“美と文化”の発展に力を注ぐ。しかし国の財政を無視した計画に、批判の声が上がる。大統領就任から1期4年が経ち、再選を狙った選挙戦は、フィリピン大統領選挙史上最も汚い選挙だと言われた。そして1972年、大統領任期は2期までと定めた憲法を無視し、全土に戒厳令体制を敷いて、マルコスは権力の座に居座る。同年、聴衆の前でイメルダが刃物で襲われる事件が起こる。一命を取り留めた彼女はマニラ首都圏知事に就任し、さらに彼女のために新設された居住環境省の大臣に任命される。イメルダが美を追求する一方、国内の貧困は深刻化し、暴動も頻発する。イメルダは外交で優れた手腕を発揮したが、それは国家予算の15%を管理し、独断で決定を下す権力を持っていたことによる。1983年8月、野党勢力の指導者ベニグノ・アキノが暗殺される。アキノ夫人のコラソン・アキノは大統領選への立候補を決意する。早期大統領選を要求する声に応え、マルコスは1986年2月に大統領選を行うと宣言する。多くの不正が行われた大統領選で、マルコスの側近2人が寝返ったほか、多くの民衆とカトリック教会が反乱軍を支援し、マルコスとアキノが同時に大統領就任宣誓式を行う事態となる。米国のレーガン大統領がマルコスに退陣を要求し、アキノ政権が誕生、マルコスとイメルダは亡命に同意する。1989年、亡命先のハワイでマルコスが死去。不正蓄財を巡る裁判でイメルダは無罪となり、再び脚光を浴びる。1990年、帰国を許されたイメルダは政治活動を始めようとするが、政府から制約される。しかし、長男は北イロコス州知事、長女は下院議員として政界進出を果たした。

解説

フィリピンの元大統領夫人イメルダ・マルコスの半生をたどるドキュメンタリー。監督は、「Spirits Rising」でサンフランシスコ国際映画祭ゴールデンゲート賞を受賞したラモーナ・ディアス。サンダンス映画祭ドキュメンタリー部門最優秀撮影賞、国際ドキュメンタリー協会ABCニュースソースアワード受賞。

2009年9月12日より

  • 配給
  • ユナイテッドエンタテインメント
  • 製作国
  • フィリピン(2004)
  • ジャンル
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  • スタッフ・キャスト