続大奥(秘)物語

天明六年、十代将軍家治のお手付中臈となる者のお庭御目見得が、江戸城大奥の庭先で行なわれ、若年寄阿部主水正の養女おちさが選ばれた。家治は美貌のおちさに夢中になったが、そのためおしの、おふで、おことら他の中臈の嫉妬心を煽ることになった。中でも、れっきとした旗本の娘であるおしののおちさに対する敵意はあらわで、それを知った家治はおしのを護衛書院番遠藤に拝領妻として遠ざけてしまった。数力月後おちさに溺れた家治は衰弱が原因で他界した。十一代将軍を継いだのは家治の養子豊千代で、家斉と名を改めて新将軍の座に着いたのだが、将軍の交替によって本丸女中は総入替えが行なわれた。おちさたち中臈は家治の葬儀が済むと虎の門養成所に入れられ、そこで家治の種を宿しているかどうかを知るため、数カ月間様子を見た上で、その兆がないと分ると戒名が与えられ、比丘尼屋敷へ移されて一生将軍の回向をして暮さねばならない。京から迎えられた英法尼を中心に、おちさたちは読経と写経に毎日を送った。しかし、彼女たちがこの生活に耐えられるはずもなく、法度を破って男僧のもとに通う者もいた。おふでが首をくくり、おことが父親に斬り殺されたのは、それが露見したからである。おちさはそうしたなかで、おしのの夫である遠藤と密会を重ねていた。おしのは乳人として再び大奥に上り、権勢をふるうようになっていた。おしのはおちさと夫の密会の件を知ると、怒り狂って刺客をさし向け、遠藤を殺してしまったのだった。おしのや英法尼はこの件が天下に知れ渡ることを恐れ、おちさに慈悲をたれることで穏便に済まそうとしたが、事を糾明しようとする老中筆頭水野の前で、おちさは遠藤を愛し密会していた事実、生地獄のような比丘尼屋敷のありさまを訴え、絶叫するのだった……。寛政二年に起ったこの事件は世間に広まり、幕府の威信は大いに失墜した。しかしそれ以後、比丘尼屋敷内における法度はさらに厳しくなり、屋敷内からは誰ひとり出る者がなかったといわれる。

解説

「大奥(秘)物語」の国弘威雄と、「花を喰う蟲」の中島丈博が共同でシナリオを執筆し、「大奥(秘)物語」の中島貞夫が監督した「大奥(秘)物語」の続編。撮影は「兄弟仁義 関東命知らず」の赤塚滋。

1967年11月1日より

  • 配給
  • 東映
  • 製作国
  • 日本(1967)
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