男の勝負 関東嵐

大正末期。東京で一旗上げようと九州から上京した竜平は無賃乗車で捕ったのを、三島の顔役貝島弥五郎に助けられたことから、貝島組で山人足として働くことになった。貝島組の山林は鉄道用材として利益を上げていたのだが、これに目をつけたのが大串組で、大串は何かと貝島組と事を構えようとしていた。竜平はそんな中で、不始末ばかりしている貝島の養子猛男の根性を叩き直そうと苦心していた。猛男はかつての貝島の右腕だった犬伏の子で、犬伏は大串組の客分出刃徳の闇討ちに倒れたのである。そんな猛男も、大串が企む山林乗っ取り計画を知って怒り、なじみの遊女夏子の許で喧嘩仕度をした。単身殴り込もうというのだったが、逆に大串らに襲われ、夏子と共に、酒場「菊亭」に逃げ込んだ。そのため、大串は猛男が遊女に足抜きをさせたと詰めより、貝島は窮地に立たされた。それを見た竜平は、自分が指をつめることで始末をつけたのである。この出来事で心を入れかえた猛男は、修業を積むため関東大塔寺一家の五代に連れられて東京に去った。一方、竜平は正式に貝島組の身内になった。「菊亭」の女将お幸はそんな竜平の心意気に惚れ込んでいた。大正十二年九月一日、関東大震災が起った。そのため鉄道用材が大量に必要になった。この機に乗じた大串は、ちょうど病床にいた貝島に山林譲渡書を無理に書かせると、貝島と夏子を斬って放火した。この悪どいやり方に、渡世の義理から大串の言うことを聞いて一度は竜平を襲ったこともある音次郎という男が怒り、猛火の中から貝島を救い出した。しかし、貝島は急を聞いて駆けつけた竜平の腕の中で息を引き取った。ちょうどその時、猛男が五代に伴われて戻って来た。大串組の暴挙を知って、殴り込もうとする猛男だったが、彼は貝島組の二代目を継ぐ大事な身体である。竜平は猛勇を制すると、五代と共に大串組に殴り込んで行った。悽惨な闘いだった。だが、誰も阿修羅のように暴れ回る竜平にかなうはずもなく、大串はその竜平に倒され、出刃徳も五代の刃に倒れていった。すべてが終って警察に連行されていく竜平は、帰るまで待つ、と言うお幸の言葉に顔を輝やかすのだった。

解説

「博奕打ち 不死身の勝負」の高田宏治がシナリオを執筆し、「兄弟仁義 関東命知らず」の山下耕作が監督した任侠もの。撮影は「銭形平次(1967)」の古谷伸。

1967年9月18日より

  • 配給
  • 東映
  • 製作国
  • 日本(1967)
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