ギャングの帝王

終戦直後の東京は、戦勝国の権利を後楯にした外国人に牛耳られていた。復員したばかりの関東軍陸軍大尉新田健次は、盛り場に出ている日本人の露天商たちが、それら外国人の横暴に泣いているのを見て、苦々しく思った。駅前の盛り場を握るのは楊を社長とする「上海商会」で、日本の警察は彼らがGHQと結んでいるため手が出せないでいたのだ。駅前一帯を縄張りにしている江戸政一家も「上海商会」に押され気味だった。ある日、新田は外国人張と争って射たれたが、江戸政一家の親分政次郎とその娘志津に助けられ、手厚い看護を受けた。やがて傷の癒えた新田は、若い復員兵を集めると、外国人へ挑戦のノロシをあげた。これに対して「上海商会」の楊は江戸政一家を急襲、政次郎を惨殺するという挙に出た。この犯人として呉が土屋署長により逮捕されたが、そのため外国人の暴動が起ころうとした時、これを防いだのは新田の機転だった。こうした新田の活躍は多くの同志を集めることになり、復員兵ばかりによる「桜同志会」の結成となった。そのやさき、新田は暴行罪で楊と結ぶMPに逮捕され、生命が危ぶまれるほどの拷問を受けた。新田を救い出したのは米軍情報機関で動く元関東軍司令官堀内で、その背後には、外国人の手から縄張りを奪おうとする政界の有力者大原の手が動いていた。新田は大原の援助で駅前にマーケットを建てることにした。資金は大和産業の岡村が出したが、新田は縄張りにからむやくざとの争いを避け、志津をその発起人にした。一方、楊は卑劣な妨害工作に出た挙句、岡村の子供を誘拐したが、子供は楊の用心棒木原の叛意によって救い出された。やがて、全国から集まった外国人たちを率いた楊一派と桜同志会は戦争さながらの戦闘を交え、楊は新田の軍刀に斬られた。「上海商会」はこうして崩壊した。だが、狡猾な大原は新田の勢力を恐れ、MPに彼を逮捕させようとしたのだ。利用されたと知って怒った新田は軍刀を抜いたが、MPの弾丸に倒れたのだった。

解説

「続 組織暴力」の石松愛弘がシナリオを執筆し、「地獄の掟に明日はない」の降旗康男が監督したアクションもの。撮影も「続 組織暴力」の仲沢半次郎。

1967年8月26日より

  • 配給
  • 東映
  • 製作国
  • 日本(1967)
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