嵐来たり去る

明治三十七年、日露戦争たけなわの頃、峰家の長男勇一郎は召集された。勇一郎は親友の英五郎に、弟浩と妹千加子の相談役を堅く頼んでいった。というのも、父の謙吉は金儲けと女遊びに家をかえりみず、母の時子は出が子爵の家柄で、金で謙吉のところに嫁いだため、夫謙吉をこばかにし、謙吉が女中咲に生ました義弟浩を追い出し、妹千加子を、知的障害者の伯爵の息子と政略結婚させようとしていたからだった。英五郎は、勇一郎に浩と千加子の親代りになると誓った。だが、それを知った時子は、たかが板前ふぜいがと、英五郎に峰家への出入りを禁止させた。英五郎は江戸一番といわれる板前、大友嘉助の秘蔵弟子で、つい数年前まで、富坂の英五郎と異名をとり、やくざのいい顔だった。が、嘉助の娘で、柳橋の芸者小春を知って堅気になったのだった。二人は、いつか世帯を持とうと誓いあっていた。英五郎の勤める料亭“山月”の経営は苦しく、女将の八重は金策に四苦八苦していた。そんな八重に謙吉が目をつけたが、英五郎を慕う八重はいい返事をしなかった。そんな或る日、英五郎は小松川一家に追われる浩を救った。峰家を追われた浩は、博打にこっていて多額の借金を負っていた。小松川一家に乗りこんだ英五郎は、親分伝蔵にサシの勝負を挑み、浩の借りのカタをつけた。浩を連れて家に帰った英五郎は、そこに千加子の姿をみて驚いた。知的障害者な息子との結婚を嫌って家出してきたというのだ。峰家では、娘の家出が表沙汰になるのを恥として、捜索を小松川伝蔵に頼んだ。伝蔵は英五郎の留守に、小春、浩、千加子を人質として連れ出し、果し状を置いていった。英五郎の怒りは爆発した。伝蔵の待つ神社へかけつけた英五郎は、小松川一家をかたっぱしからやっつけていくのだった。

解説

報知新聞に連載中の富田常雄の小説を、「嵐を呼ぶ男(1966)」の池上金男と、「白昼の惨殺」の星川清司が共同で脚色し、「星よ嘆くな 勝利の男」の舛田利雄が監督した時代もの。撮影は「夜霧よ今夜も有難う」の横山実。

1967年5月3日より

  • 配給
  • 日活
  • 製作国
  • 日本(1967)
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