陽のあたる坂道(1967)

坂道を上ると田代家がある。女子大生倉本たか子はそこの娘で足の悪いくみ子の家庭教師をすることになった。出版会社社長玉吉、みどり夫妻に、雄吉、信次、くみ子という家族構成だったが、秀才で紳士の兄雄吉に比べ、信次は少しひねくれた性格の青年だった。たか子は何か恐いものを信次に感じたが、また彼女の関心をひく男でもあった。信次は一目でたか子が気にいったが、逆の言動でたか子を怒らせた。アパート住いのたか子は隣室のトミ子、民夫母子と親しい。トミ子は染六という名の元芸者で、今は女中をして働いていた。ある日、たか子は、くみ子に連れられて入ったジャズ喫茶で、くみ子のアイドル歌手のジミーというのが民夫なので驚いた。信次は自分が染六という芸者の子であることを知ってはいたがトミ子が実母の名だとは知らなかった。しかしたか子の話からそれと知った信次はトミ子を訪ねたが一度は民夫に追い返されたものの、トミ子と会った時に自分の母が気さくな女なので安心して帰ってきた。民夫は裕福な信次に対して反撥心を感じたが、くみ子が妹だと知って面くらった。民夫とくみ子はお互いに惹かれていたからである。田代家の家族会議で実母と会った信次はこの家に残ると言って、みんなに暖かく迎えられた。たか子はそんな出来事の中で雄吉に求婚されたが、自分との間に距離を感じて断った。それに信次がますます彼女の関心の対象になっていたからだった。そんな時、雄吉は自分の女のことでやくざと係りあい、それを信次のせいにしてみどりから手切れ金に必要な金を引き出したが、みどりは自分の腹を痛めた雄吉が卑劣なことをする人間なのを見抜いていたのだ。昔、くみ子の足の責任を信次にかぶせたのも雄吉だった。春の午後の河原で、信次と民夫はくみ子とたか子の見守る中で殴りあいを始めた。そして疲れ果てた二人は手を握りあったのである。その帰り、ナイトクラブに寄った信次は満場注視の中でたか子に接吻した。たか子は信次の頬を思い切り打ったが、すでに信次の情熱の前に恋の虜になっていた。くみ子の足も手術で治ることがわかって幸せそうな民夫とくみ子、信次とたか子そして田代家の前の坂道に、春の陽がさんさんと当っていた。

解説

石坂洋次郎の同名原作を「おゆきさん」の倉本聰と、「雌が雄を喰い殺す かまきり」の池田一朗が共同で脚色し、「白鳥」の西河克己が監督した文芸もの。撮影はコンビの高村倉太郎。

1967年3月25日より

  • 配給
  • 日活
  • 製作国
  • 日本(1967)
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