ちんじゃらじゃら物語

山田太助はパチンコの元祖、機械を扱わせては日本一だが底抜けの人のよさが禍いして女房には逃げられ、今は名古屋駅裏の「大穴」に娘マリ子と暮していた。太助の戦友の山田太郎は反対に、轟モータース社長にまでなり常々協力を申し出ていたが、太助はきしめん屋のお滝が借金のカタに店をとられそうだと聞くと、新考案パチンコ機械の権利を売って救ってやるほどの善人だ。その裏には太郎を市長にまつり上げ「駅裏整理」の公約を実行させて立退き料をせしめようという悪党黒田の劃策が動いていたが、太郎はもとより知る筈もなく、甘言に乗って市長選挙に打って出ることになった。たくらみを知った太助はパチンコ屋に呼びかけて「整理反対」をマイクでがなり立てた。黒田はパチンコ屋五十軒を首くくらせたというパチンコ名人“なだれのサブ”を送って挑戦させたが、丁丁発止の戦いの末、名人サブも太助の機械には手が出ぬことを悟るのだった。折も折、太郎の許にかつて戦地で設けた息子のパプロがたずねて来た。青くなった太郎に頭を下げられた太助は、公約をとり消すことを条件に身代りをひき受けた。ところが、テレビに出演した太郎が黒田におどかされて「駅裏整理」の演説をぶったから、烈火のように怒った太助はスタジオに怒鳴り込んだ。もちろん放映はめちゃくちゃ、目が醒めた思いの太郎はパプロと涙の対面をした上、立候補も取消した。心機一転、スズカサーキットで行なわれるオートレースに専念した太郎は、黒田の妨害にもめげずスピード狂のパプロをレースに送った。そして一同の声援の中に出場したパプロは接戦の末、見事に一等を勝ちとった。「万歳」を叫ぶ一同の顔は底抜けに明るい。

解説

「殺人者を追え」の若井基成と柴田夏余が共同で脚本を執筆。「おったまげ人魚物語」の堀内真直が監督した喜劇。撮影は「寛美の我こそは一等社員」の川原崎隆夫。

1962年12月30日より

  • 配給
  • 松竹
  • 製作国
  • 日本(1962)
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  • スタッフ・キャスト