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新人生劇場

明治末期、すべてが上り坂だった時代−−車嘉七は大望を抱いて金沢から東京に向かった。早稲田大学入学を目的とした嘉七は柔道三段紅顔の美青年だった。東京へついた嘉七は、新聞広告から岡代議士の書生として岡邸に住みこんだ。毎朝の犬の散歩の時、同じように犬を散歩させている馬切大五郎と知り合った。努力の甲斐あって早稲田に入学することができた。嘉七は岡の娘千万子の友人矢上俊江を、紹介されて驚いた。車中でみた令嬢だったからだ。二人はたがいに強くひかれるのを感じた。岡夫人から岡代議士の女関係についてスパイするよういいつけられた嘉七は、その下らなさにあいそをつかし岡邸からひまをとった。ある晩、縁日をぶらついた嘉七は、早稲田の角帽をかぶって艶歌を唄っている柳田棟作と知り合い、彼の手引きで、その仲間に入ることになった。或る夜、伝道院の境内で艶歌の練習をしていた嘉七は、不良に因縁をつけられた。その場を救ったのが、馬切大五郎だった。彼は早稲田を落ちて遊侠の群れに身を投じていてなかなかの顔だった。豪放な柳田にも恋の悩みがあった。恋人のみゆきが浅草十二階下の娼婦だからである。嘉七は馬切の力を借りてみゆきを十二階下から足ぬきさせた。岡千万子の誕生日、招かれた嘉七は俊江に逢うことができた。二人は家を抜けだし浅草で楽しい一時を過した。翌朝、嘉七は父危とくの知らせを受け故郷に帰った。父は数多くの幼い弟妹を残してこの世を去った。寺の住職が家族の面倒をみてくれることになり嘉七は勉強が続けられることになった。幼馴染の友子が何かと嘉七の世話をやいて楽しそうだった。そんなところへ東京から俊江が訪ねて来た。しかし、嘉七は俊江に逢わずに東京行の汽車にのった。第一次大戦が終り日本はこれから伸びようとしていた。嘉七は年老いた母や幼い弟妹のためにも、もっと苦しんで勉強しなければならなかった。大志を抱いて嘉七は再び東京へ向うのだった。

解説

尾崎士郎の原作を、「投資令嬢」の舟橋和郎が脚色し、「お嬢さん」の弓削太郎が監督した青春編。撮影は「女のつり橋」の石田博。

1961年5月31日より

  • 配給
  • 大映
  • 製作国
  • 日本(1961)
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