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青春の門(1975)

大正七年−−北九州・筑豊炭田。米騒動の嵐が筑豊に波及した時、ダイナマイトをふりかざして軍隊に抵抗し男を上げた伊吹重蔵は、坑夫たちの信望を集め、炭鉱の頭領にのし上っていく。一人息子の幼ない信介を残して妻が他界してから数年、重蔵は、天草生まれの女給タエに燃えるような恋をした。ある日、重蔵は店に乗り込み、強引にタエを連れ出したが、重蔵と同じようにタエに惚れている新興ヤクザ・塙竜五郎が駈けつけ、激しい対決となった……。新しい母を迎えた信介の幸福は長くは続かなかった。炭鉱で水没事故が起こり、重蔵は坑内に閉じ込められた朝鮮人徴用工を秘かに救出しようと自ら爆死を遂げてしまったのだった。その心意気にうたれた、かつての仇敵、竜五郎が、今度はドスをふるって重蔵の行動を救けた。太平洋戦争・昭和二十年。小学校四年になった信介が、ある日仲間たちと一人の朝鮮人少年をいじめている時、来合せたタエは怒った。タエは信介を父親のような男らしい男に育て上げようと、炭鉱労働をして頑張っていたのだ。この喧嘩をきっかけに、あの水没事故の時に重蔵に命を救われた朝鮮人、金朱烈がタエのもとに出入りするようになった。この事は当然、炭鉱内の噂になるがタエは気にしない。しかし、信介は金に好意を感じる一方、美しい義母を取られるような恐れも芽生えた。だが、その金も出征、そしてまもなく日本の敗戦。男たちが戦場から帰って来る。かつて重蔵の配下だった平吉、そして竜五郎、金……。重蔵にタエ母子の事の面倒を見る、と約束していた竜五郎は、今では運送業をやり波にのりつつあるため、タエ、信介を自宅に引き取ろうとするが、金は猛烈に反対し、自分と共に朝鮮へ行こう、と言う。気丈なタエはこの二人の申し出を断わるが、その心の隙をつかれ、人のいない坑道内で平吉の愛撫を許した。その直後、大音響とともに落盤事故が起こり、平吉は死亡、タエは辛うじて救出された。朝鮮動乱勃発。信介は中学三年。竜五郎の有無を言わさぬ説得で、めっきりやつれたタエと信介は、動乱の特需景気に湧く飯塚に向って峠を越えようとしていた。信介の幼なじみの牧織江が涙ながらに見送っていた。竜五郎の家に着いてすぐ肺を病んでいたタエは喀血、入院した。やがて、信介には次々と新しい体験が訪れる。性のめざめ、喧嘩、高校進学、野球部生活……。その中で、音楽の女教師、梓旗江の魅力は強烈だった。そして、ある日、信介は梓と彼女の恋人で妻子あるアメリカ人記者との情事の現場を目撃、強烈なショックを受けた。炭鉱の鉄道線路が爆破され、炭鉱主の依頼で、その犯人を追っていた竜五郎が何者かに袋叩きにされ大怪我を負った。塙組の身内と一緒に、元兇とにらんだ朝鮮人組織の事務所に乗り込んだ信介は、そこで金朱烈と再会した。金は竜五郎襲撃はしない、と言い信介には冷たく訣別を告げた。梓先生の恋人の米記者が朝鮮戦線で死んだ。虚脱状態の梓は、ドブ川へ飛び込むが信介が辛うじて抱き止めた。だがその衝撃で恋人との間にできていた胎児が流れてしまった。朝鮮動乱休戦、日米講和条約−−。竜五郎の怪我は癒え、タエも日増しに快方へ向かった。タエが全快すると竜五郎と祝言を上げる事になっている。そんなある日、信介は、今はキャバレーの女給になっている織江に会いに行った。「同じ炭鉱で死んでも、うちのお父ちゃんは虫かごつ」そう織江になじられる信介。二人の間には深い溝ができてしまっていた。そして織江にやさしく促されて信介は始めて女を抱いた。そして独立を決心した。数日後、療養所の一室で、大学受験で上京する前夜、元気になったタエに信介は、つもる想いの数々をぶつけて抱きついた。だが涙で耐えるタエに制せられた。翌日、激しい愛の苦しみと、行方の定まらぬ情念を抱いたまま、信介はオートバイを駆って筑豊を出ていこうとしていた。

解説

筑豊に生まれ育った一人の少年の成長過程のロマンを追いながら、明治以来百年間、日本の近代化を支えるエネルギー源となって来た筑豊炭田の人間像の中に、日本人の心の原点と、朝鮮戦争を転機とした戦後の歴史の意味を探る。原作は五木寛之の『青春の門〈第一部・筑豊篇〉』。脚本は早坂暁、監督は脚本も執筆している「私が棄てた女」の浦山桐郎、撮影は「三婆」の村井博がそれぞれ担当。

1975年02月15日より

  • 配給
  • 東宝
  • 製作国
  • 日本(1975)
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